TodOne

仕事を中断されても、遅れは出ない。それでも消耗する理由

作業の途中で通知が来る。誰かに話しかけられる。中断が終わって元の作業に戻る頃には、なんとなく疲れている。なのに時計を見ると、思っていたほど時間は経っていない。この感覚のずれは何なのか。

中断されても、作業はほとんど遅れなかった

Gloria Mark、Daniela Gudith、Ulrich Klocke は 2008 年、オフィス業務を模した実験室で、参加者にメール処理のような作業をしてもらい、その最中に別の作業を挟むという実験を行いました1。中断された作業がどれだけ遅れるか、出来上がりの質がどれだけ落ちるかを調べるためです。

結果は予想と違っていました。中断を挟んだ作業は、中断されなかった作業と比べて、完了までの時間にほとんど差が出ず、出来上がりの質も落ちていませんでした。中断は、素直に読めば時間と質の両方を犠牲にしそうなものです。実際にはそうならなかった。

代償は、時間ではなく別のところに出ていた

では中断は無害だったのか。そうではありません。Mark らが同時に測っていたのは、作業中の主観的な負荷でした。中断を挟んだ参加者は、ストレス・フラストレーション・時間的プレッシャー・費やした努力の感覚が、いずれも中断されなかった場合より高くなっていました。

つまり、参加者は中断による遅れを、作業を速める・より集中して取り組むといった形で埋め合わせていた。時間の帳尻は合わせられても、その埋め合わせ自体にコストがかかっていたということです。時計の上の遅れが小さいからといって、中断が軽く済んでいるとは限りません。

よく言われる「復帰に◯分」という数字について

中断の話でしばしば引かれる、復帰にかかる時間の具体的な数字があります。ただ、その数字はこの研究の結果ではなく、別の場での発言が独り歩きしたものです。この記事では、一次資料で確認できない数値は使いません。ここで言えるのは、中断の代償が完了時間の遅れという分かりやすい形では現れず、ストレスや努力感という見えにくい形で現れていた、というところまでです。

この研究が調べていないこと

Mark らが調べたのは、実験室で与えられたメール処理課題を、実験者が意図的に中断した場合の反応です。日常のタスク管理アプリを使っているときに、通知やちょっとした声かけでどれだけ消耗するかを直接調べたものではありません。中断の種類や長さ、作業への習熟度によって結果が変わる可能性もあります。

戻ってきたときに、何を思い出さなければいけないか

中断そのものは避けられないとして、代償が「速める・集中し直す」という形の努力で生まれるなら、道具の側でできることは、戻ってきた瞬間に必要な努力を小さくすることくらいでしょう。

何十件と並んだリストに戻ると、どこまでやったか、次に何をすべきかを、視界の全体からもう一度拾い直すことになります。今日ぶんの数件だけが残っている画面なら、拾い直す範囲はその数件で済みます。

TodOne がどうしているか

TodOne は、今日ぶんの数件だけを表示し、「あと2件で今日が整います」という形で残りを見せます。中断から戻ったときに視界に入るのは、常にこの数件だけです。

この記事で挙げた研究は、実験室でのメール処理課題についてのものであり、通知による中断やアプリの画面設計を直接調べたものではありません。それでも、中断の代償が時間ではなく埋め合わせの努力として現れるのだとすれば、戻ってきたときに拾い直す範囲を小さくしておくことには意味があるかもしれません。

積み残しが翌日の集中を奪う話は、一つの作業を終えないまま次へ移ったときに起きることでした。今回の話は、同じ作業に戻ってくるまでの間に何が起きているか、という別の場面です。向いている方向は同じでも、起きている現象は別のものです。


Footnotes

  1. Mark, G., Gudith, D., & Klocke, U. (2008). The cost of interrupted work: More speed and stress. In Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ‘08), 107–110. ACM.